何回釜でめしを炊くかがポイントの食堂の売上げ

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何回釜でめしを炊くかがポイントの食堂の売上げ
 景気不景気に左右されないのが、簡易食堂、いわゆるめし屋である。中心となる材料は米であ る。その米を炊く釜で、どんぶり何杯分のめしを炊けるか、釜の大きさによって、税務署は売上げ を推計することがある。

 飯川次郎太(五十三歳)は、自分の名前をそのままとって、食堂「次郎太」を東京の下町三輸の 近くに聞いて、かれこれ二十年になる。食堂を利用する多くの日雇い労務者と同様に、いつまで たっても、うだつがあがらない。

 「もう二十年近くもやっているんだから、家の一軒も建てられないものかね。隣の万珠堂さんな んか、軽井沢に土地を買ったっていうじゃないの、お前さん、なんとかならないのかい」

 妻の友子〈四十八歳〉に、阪を合わせるとこういわれるのが、次郎太に一番辛いところだった。

 飯川は開業以来、馬鹿正直に税金を申告していた。忙しいから帳面なんかつけている暇がな い。だが、毎日の売上げだけはなんとか記録していた。

 「売上げは一年分でこれだけなんだが、いくら税金を納めたらよいでしょうか」 と毎年申告時期になると、ジャンパーを着て店の暇な時間に税務署へいき、記録を全部見せ て、適当にきめてもらってきた。所得税が二十万円のときもあり、三十万円のこともあった。も ちろんそれだけではない。あとから事業税や都民税が追っかけてきた。

 同業者にお前は馬鹿だとよくいわれた。

 『そうだ、税金が多すぎるんだ。だからちっとも金がたまらないんだ』  

 こう考え始めた飯川は、うまくやっている友人の手口を真似て、四、五年前から売上げを三分 うりだめきん の一減らすことを考えた。一日だいたい七、八万円の売上げである。売溜金は木箱にぶち込んで ある。

 午後十時に店を閉めると、その日の売上げを計算し、二万円とか三万円は別にして箪笥の隅に 入れた。銀行に預けると税務署にバレると思ったからだ。こうして、いつのまにか五百万円ぐら いがたまっていた。

 とある日、税務署が調査に来た。 「この釜でめしを一回炊くと、どんぶり何杯ぐらいになるんですか」 おだやかにきく調査官に、飯川は安心しきって正直に、 「そうね。どんぶり二十三杯はとれるかな」 と答えてしまった。

 これが調査官のテクニックであった。

「一日に何回炊くの…」
「最低、三回は炊くよ…」

 調査官はノートに何か書いて、計算機で計 算を始めた。

 「おかしいね。おととしの申告から、馬鹿に 所得が少なくなったと思ったら、実際と随分 ちがうんじゃないの…。一回でどんぶり二 十杯ぐらいに売上げを落としているような気 がするんだけれど、どうなの…」

 「うちみたいな小さな広で、そんなことでき っこないじゃないの…」 こういうとき強くなるのは女である。飯川 は妻の友子がまくしたてるそばで、青くなっ てうなだれていた。 箪笥預金の半分以上の金が、税金の三年分 としてとられてしまったのである。