一人の酔っぱらいのために、簿外の入学寄付金が発覚した私立大学

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一人の酔っぱらいのために、簿外の入学寄付金が発覚した私立大学
 酔っても酔うなと、北日の人は難しいことをいったものである。酔った勢いでの酔っぱらい運転は 厳剖だが、酔った勢いで他人にからみ、いってはならぬことを口にしたばかりに、思わぬ重税がか かってきて、以後禁酒の哲いを立てた男がいる。

 私立大学にはピンからキリまである。いい大学には間入学などはないし、比較的楽に入れる大 学でも伝統のある大学は悶入学は認めない。もちろん閣の入学寄付金などとらない。マンモス化 したA大学は設備はいいが、評判はいまひとつない。

 肥後精三(三十五歳) は、税務署へ勤めて十六年になる。いまは法人税部門に包括されている源 泉所得税を担当しているベテランである。背の高校のクラス会の流れで、有楽町の数寄屋橋近く の大きなビヤホールで、四、五人の同級生とおだをあげていた。隣のテーブルでは、これまた肥 後たち以上に酔った三、四人が大声でわめきながら、ジョッキをあけていた。こちらは、もう少 し話したい気持ちもあるが、隣の大騒ぎではままならない。肥後の仲間の一人が、

 「もう少し静かにならないか」とドスのきいた声で制した。
 「なにお、お前らA大学を知らねえか。俺たちはそこの台所をあずかるもンだ」
 「そんな大学きいたこともない。どうせ、雨後のたけのこのような駅弁大学だろう…」
 「おっしゃいましたね。俺はA大学の経理課の吹上というちょっとした男だ。うちは入学金だけ

 で二十億円以上入るんだ。その他に三億円ぐらいの闇入学寄付まで入ってくるんだ。今日は臨時 ボーナスが出たんだ。おい、こんなところ出ょう、もう少し豪勢に飲もうじゃないか。なにしろ 一人八十万円の臨時ボーナスだッ。ケチケチしねえでやろうや」

 連中はまるで暴風雨のように消えていった。肥後には、間入学寄付金と臨時ボーナスという言 葉が職務柄気にかかった。噂には聞いていたが、やっぱりほんとなんだ。入学試験の成績の悪い 連中から間入学寄付金をとって、とにかく入学させる。田舎から東京へでてくる連中のなかに は、大学と名前がつけばどこでもいいというのが相当数いる。そこがつけ目であった。

 一ヵ月後に、肥後は部下三人を連れて、管内に事務本部があるA大学に乗り込んだ。名目は学 校法人である大学の理事、教員、事務局職員全部の給与に対する所得税の源泉徴収が、きちんと 行われているかどうかの監査である。一ヵ月の聞に銀行に預けられた閤入学寄付金が、経理課長 の個人名で、三月下旬から四月上旬にかけて二億四千万円も預けられ、そのうち二億円近くが四 月十五日、ちょうど数寄屋橋事件の日に払いだされていた。源泉徴収簿は整然としていた。

 「吹上さんという方はいらっしゃいますか」

 と肥後がいうと、吹上が奥のほうからやってきた。酒気がなければ、きちんとした紳士である。

 「あなたは、経理のほうの主任さんですね」
 「そうですが、なにか…」
 「堀之内さんという方が経理課長さんですね」

 肥後は大学の職員名簿を調べあげていた。吹上は肥後の顔には記憶がない。

 「堀之内さん個人名義のこの預金は、どういう性格のものですか:::」

 吹上の前に銀行の台帳のコピーが出された。吹上はドキッとした。

 「間入学寄付金じゃないんですかッ」

 肥後の厳然とした問いかけに、吹上はハッと思いだした。

 『そうだッ。あのときいた男だ』

 二億円近い金が、理事長以下にどう分配されたか、明細を明らかにしなければならなかった。 分配された臨時ボーナスに対しては、総額で四千五百万円近い所得税を徴収されることになっ た。不納付加算税が加わり、延滞税もいれると、五千万円ぐらいになった。吹上の数寄屋橋事件 を知らない連中は、どうしてわかったのだろうと不思議に思った。

 もし、数寄屋橋事件さえなかったら、この間ボーナスも発覚せずに終わったかもしれない。事 情を知っている三人が口をつぐんでいたので、大学からの吹上へのおとがめはなかった。