清潔すぎる手術室を持つ診療所は手術回数が多い

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清潔すぎる手術室を持つ診療所は手術回数が多い
 それがいいのか惑いのかはわからないが、医者というと税務署は目の敵にしている。なかには、 診療収入をごまかす医者もいるからかも知れないが、大部分は国民の生命をあずかつて真剣に取り 組んでいる。収入を落としゃすいのは、社会保険のきかない自由診療の外科医に多いという。

 津山夏土口(四十歳)は、大学病院の講師の職を捨てて、大阪市内に外科の診療所を開設した。手 術後も入院できるようベッド数十二の診療所で、土地柄、交通事故のケガ人が多い。救急指定病 院にはなっていないが、開業二年で年収四千五百万円を越した。大部分は保険がきかない病人で ある。

 そこがつけ目だった。収入は半分ぐらいに落として申告し、ずっとうまくいっていた。奥さん が会計事務をやっているので、津山は別に罪悪感を感じなかった。看護婦は大学の紹介で老練な のを一人、それに知り合いのってで若い準看護婦一人といった体制である。 「こう忙しくてはアシスタントの医師を一人頼まなければならないだろう、それに看護婦ももう 一人ぐらいほしい」などと、手術の合聞に自分の椅子に限をおろして、たばこを吹かしながら考 えているときであった。税務署から電話がきた。窓口近くの会計机についている奥さんが電話口 にでて応答している。  

 「うちのほうはいつでもようございます。ど うぞどうぞ・・・・・・」

 電話をきって、奥さんはいった。

 「あなた。明日から調査にくるんですって。 なにも心配なさらなくてもいいわよ。わたし が奥でお茶でもだして、適当にやっておくか 内り・・・・・・」

 奥さんの言葉に、津山は安心した。『俺は どうも税務署という奴は気にいらない』とぶ つぶついっていたが、その明日がやってきた。

 津山が若い準看護婦を連れて、病室を回っ ているとき、四十歳を過ぎた腰の低い若山と いう調査官が一人でやってきた。事務室に入 り奥さんと雑談をしているとき、年設の看護 婦が入ってきた。

 「院長先生は御回診中だそうで…。もし、 いただきたいんですが…」

 と優しげにいう調査官の一言葉に、看護婦はつい「どうぞ、どうぞ」といってしまった。 最新式の手術室で、床はぴかぴかに磨かれている。手術道具の入った棚にはいかにも切れそう しやふつ金、 なメスやらが、一本一本磨きだされてきちんと整理されているし、煮沸器には、今朝の手術に使 った道具が、ぐっぐっと煮沸消毒されている。若山は『これは相当手術の回数が多いぞ』とにら んだ。 お差し支えなかったら手術室をちょっと拝見させて

 調査官の自はこんなところにも光っているのだ。

 「たいした設備ですね。これで一日何人ぐらい手術なさるんですか」 調査にはなんの関係もないような調子できいた。

 「そうですね。せいぜい五人ぐらいでしょうか。なにせ先生お一人ですから:::」

 「毎日大変ですね。五人もやられるのでは:・:」

 「いままでに一番多かったときは、七人ということもありましたよ。ほんとうに先生も私たちも 倒れそうになりました」

 奥さんの記帳している収入簿からすると、一日に最高で四人だった。奥さんが座敷でお茶をだ し、お茶をにごす暇もあらばこそ、調査にきて三十分もしないうちに、勝負はあった。