午後六時以後の売上げを落としていた八百屋

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午後六時以後の売上げを落としていた八百屋
 野菜、果物そして魚類といった生物の商売は、薄利多売で早く商品を回転させたほうが勝ちであ る。駅前通りは夕刻時分から、家路を急ぐ客が多い。そういう客の売上げを落としてしまうと、仕 入れの割合に利益率が全然上がらないことになる。

 宇野敏(三十六歳)は、親の遺産であった八百屋を継いで、もう三年になる。私鉄の駅前の庖 は、よくはやっていた。どちらかというと、昼間より夜の勤め帰りの共働きサラリーマンやOL の客が多かった。

 父親が生存中は、商売人は堅いのが一番だと、ロクに遊びもさせてくれなかった。近所に住ん でいる商業高校出身の同窓生江頭伸吉などは、魚屋をやっている割合に、けつこう派手に遊んで いる。つい最近もしゃれた自動車を買って、毎週水隈日の休みには、ドライブを楽しみ、ときに は若い女の子を拾ったりしている。どうしてそんなに余裕があるんだと聞いたら、「世渡り、佐 渡り」という。よくよく聞いてみると、「一番こわいのは税金だ。こいつさえうまくやればすぐ にたまるよ」と教えられた。税務署は夜は調べにこないから、午後六時以後の売上げは全部ポケ ットに入れてしまう。一日一万円にしたって、一年で三百万円ぐらいすぐできるというのである。なあlるほどと宇野も、その手を使いだした。

 こういう手口がままあることは、税務署はすでにお見通しである。若い調査官が上司に命じら れて、午後六時過ぎ頃、果物を買いたそうな顔をして庖の中を十五分ぐらいうろうろしていた。 その聞にも、五、六人の客があった。買い物の少ない客で五百円ぐらい、多いのは二千円近く買 っている。その代金を受け取った宇野はレジがあるのに、それを打たない。

 その年の申告を待ってから、調査をしようということになった。申告書が出たら案の定、売上 げと仕入れの差益割合が、ぐんと落ちている。従来は年間三千万円ぐらいの売上げに対して、所 得を三百万円近くだしていたのに、売上げ自体が三、四百万円落ち込み、その割合に仕入れは減 っていない。差益割合がぐんと減ってしまっている。といって、自動車を買ったりもしていない。

 男前のいい字野は、近くのパl 「花」に通いつめ、そこのホステスといい仲になっていた。そもとあしもと こまでは、税務署の勘もおよばなかったが、燈台下暗しというか、足許から火がついたのであ る。宇野の委知子(三十歳〉が、最近ちょいちょい外泊するようになった夫の挙動がおかしいの で、それとなく監視していたら、午後六時以後の売上げをくすねている事実を知ったのである。 これはいけない、このままいったらずるずる深みにのめり込むばかりだと、親戚に相談して、一 番夫が恐れていた税務署に泣き込んだのである。調査の結果、ほんとうなら相当多額の税金を追 徴されるところ、萎の気持ちに免じてある程度の追徴という一俣の更正で終わった。