帳簿のインクの色やちょっとした目印にも調査官の目は光る

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帳簿のインクの色やちょっとした目印にも調査官の目は光る
 眼光紙背に徹するというか、帳簿があまりにもきれいすぎたり、かえって整いすぎたりすると、 税務署員はつい疑ってみたくなるものである。同族会社では、二年前に決めたはずの議事録の役員 報酬を調査の前日に新しくタイプし、一部を水でぬらしたり、太陽で黄色く焼いたりして、古く見 せる手口を使った会社もあった。

 淀野達彦(五十二歳)は、九耀建設株式会社を経営して二十年になる。とにかく馬力のある男で 都心をちょっと離れた小さな市で、土木工事と建築の請負をやっている。市役所関係の土木工事 の半分以上は彼の会社が請け負っている。建築より土木工事のほうが荒利益が多い。建築の仕事 は最近新築が少ないので、あまり積極的ではない。

 淀野は午前七時三十分になると、自宅兼事務所を自動車で飛び出し、土木工事の現場を午前十 一時頃までには全部回ってしまう。現場にまかせっきりにする業者の多い中で、彼は現場の責任 者にその場その場で注意を与えるから、工事の進み具合いは市役所でも好評だった。

 昼食後、一時間ばかり昼寝をすると、こんどは夕方近くまで新しい工事の見積もりに忙しい。一 段落すると、また現場回りである。経理の帳簿づけなどは専門の社員を置いてもよさそうなものだが、これも自分でやらないと気がすまない。現金出納帳を始め、預金の出納帳、手形の受払様、 工事原価台帳、そして仕訳の振替伝票はもちろんのこと、総勘定元帳まで全部一人で記帳した。

 その記帳については、本来なら現金出納帳は毎日っけなければならないのに、決算期がきていっ きょに記帳する。ほかの帳簿もこの調子である。これが永年の習慣になっているから、あらため ようともしない。また、税務署にもこういうことをきめこまかく指導するだけの人的余裕がない。 いっしゃせんり

 そして、自分で半月ぐらいかけて一潟千里に記帳した帳簿をもとにして、決算書の作成と、税 務申告を税理士に頼むのである。頼まれる税理士も大変である。記帳の内容の真実性をたしかめ る余裕はもちろんない。ただ不思議なことに試算表はびしっと合うので、それをもとに決算書を 作成するよりほかに方法がない。

 「どうせ調査があったら、いくらかお土産||税金を増やして、成績をあげさせる―を持たせ ればいいんだから、適当にまとめてくださいよ」

 淀野社長の一言葉がなぐさめになるのか、税理士は税務申告を終えると、いつもほっとしていた。 税務調査は確実に三年に一度あった。この年の調査官は若い男で、法人税担当になってまだ二 年目だという。しかし、税務大学校での教えを忠実に実行していた。

 帳簿のインクの色がほとんど変わらないのは、急いでいっぺんに記帳したのではないかと考え た。そうだとすると、帳簿のどこかにおかしいところがあるに違いないと踏んだ。材料費の記帳ページをよくよく見ると、てページの端にところどころ一っか二つ鉛筆で× 印がついている。そ れがなんとなく薄く、いつでも消せるようなっけ方である。しかも、その×印のある金額は端教 がなく、すべて万円単位である。

 これを追及していったら、領収書もなく、請求書もないまったく架空の材料費であることがわ かった。思い切って三年前まで調べた。調査に割り当てられた日数をオーバーしたが、淀野の四 千五百万円を越える脱税を発見したのである。まったくの侠倖であった。