愛人をセールス・マンに仕立てていた化粧品販売会社

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愛人をセールス・マンに仕立てていた化粧品販売会社
 化粧品会社の販売はすべて外交販売によっている会社が多い。地区ごとに独立した小さな会社を つくり、“セールス・ウーマン”は、その会社の外交販売員として売上高に応じた歩合をもらう仕 組みだ。

 ホープ化粧品はかれこれ三十年近い歴史を持つ、外交販売の老舗である。藤沢市を中心とした 湘南地区を担当する販売会社は、その土地のちょっとした顔役を社長にして、設立してからすで に十五年の歴史を持っている。三十八人のセールス・ウーマンをかかえ、月間千六百万円は売り 上げるというから、かなりのもうけである。一ヵ月一人の売上げノルマは四十万円。これを越す と、越した分に対する歩合も高くなる仕組みだから、月に十万円とか二十万円の歩合を稼ぐセー ルスが相当いる。

 ところで、藤沢のホープ化粧品販売会社の社長になっている伊元八郎(五士一政)は、無類の女 好きであった。セールスのなかにも犠牲になった未亡人が何人かいた。その彼がゾッコンまいっ た娘が、藤沢のパlにいたのである。二人いる事務員に商品の出入庫と、三日に一度ぐらいの売 上金の精算事務を全部まかせているので、伊元には毎日やる仕事がない。たまに、同業の会社ま わりをして油を売るくらいが関の山である。伊元の気に入った女の子の名前は宇野千栄(十八歳) といった。この女だけは離したくないと思った伊元は、セールスのなかに名前を登録した。事務 けげん 員が怪訪な顔をしたが、この会社は俺の責任でやるんだからつべこべいうなと脅した。 きげん

 セールスの実績もないのに、毎月十五万円、ときには二十万円の歩合が払われた。伊元の機嫌 のいいときに、事務員がこんなことして大丈夫ですかと聞くと、彼は機密資なんだと説得した。

 ところが、税務署は納得しない。会社だから法人税担当の調査官がときには調べにくることも ある。会社の売上高を把握するためには、セールス一人一人の売上高を克明に調べるのが手っと り早い。しかも、会社のほうでは歩合を払うのに毎月一人ずつの出庫と売上高を詳細に記録して いるから、それを吟味すればよい。売上げが全然ないのに、たった一人だけ歩合だけとっている のがいた。

 「社長、この宇野千栄さんという人に、売上げがないのに、歩合だけ出ているのはどういうわけ ですか」

 調査官は売上高と歩合の一覧表を手にしていった。伊元は、

 「こりゃなにかのまちがいですよ。あんたつけ落としたんじゃないかい」 と女事務員に助けをもとめたが、千栄に対する嫉妬からか、ウソはパレ、伊元の彼女への手当 は役員賞与として課税されることとなった。