嬬米から大福の製造個数を推定された

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嬬米から大福の製造個数を推定された
 大福は日本独特の和風菓子である。儒米を原料とする外皮や中に入る小豆、砂糖を主材料とする あんこ―これらの材料の使用量によって、売上高を推計計算することが可能である。どれか一つ をとってもそれができる。 納税者と税務署の攻防戦

 手島屋というと、東京江古田近辺では名の通った古い菓子屋で、この庖の大福はとくに有名だ った。今の子供たちは虫歯になってはいけないというので、小さいときから甘いものはあまり食 べさせてもらえないが、嬬米の歯ごたえのある外皮に包まれた手島屋の大福は、オールド・ファ ンに好まれ、売上げが伸びこそすれ、減ることはなかった。

 最近、代が変わって息子が庖を経営するようになってから、同業者に比べて親父があまりにも 多額の税金を納めていたことに不満をもった。息子はそれだけドライだったのである。

 売上げを落とすことは、悪質な脱税だということは知っているので、それは避けた。他の庖の やり方をまねて担ぎ屋から上質の橋米を安い値段で買うことにした。担ぎ屋だから、もちろん領 収書なんかない。ただ、仕入れ代金だけが出ているわけである。仕入れのHカサあげH である。 一年目で約八十万円をネコパパできた。

 若いから、別にそんなことで良心の珂責などさらさらない。他の庖だってやっていることだし 大会社や政治家などは、もっと悪いことしているんだと平然たるものだった。

 所得税の確定申告をしても、別に税務調査もなく過ぎた。二年目も続けた。嬬米の仕入れ量は さらに増えた。もちろん、息子の懐に入る小遣いは一段と多くなった。この年の分も税務調査も なく無事に過ぎた。とうとう安心してスポーツ・ヵーを買って乗り回すようになった。しかも、 外国製の自動車である。しかし、いくらくすねてもタカが知れている。三百万円もする事の代金 は、一度には払えないので、半金を払い、残りは一年の月賦にした。

 その頃には、臨米の仕入れのカサあげばかりではなく、よせばいいのに、売上げもちょいちょ いごまかし、その上に小豆の仕入れも閣の分をごまかすように発展していた。車が山道を滑り落 ちるように、悪い方へ猛烈な勢いで走っていった。

 悪いことはできないものである。税務署の管内で外国製の自動車を買った人の所得の一斉点検 が始まったのである。販売庖の資料からでも、都税事務所の自動車税の課税台帳からでも、税務 署は適礁に誰がいつどういう自動車を買ったかはすぐわかる。どうも、手島屋の申告所得はここ のところ伸びるどころか減っている。これはちょっとおかしいんじゃないかと、調査官が購入資 金を調べたが一応の筋がとおる。だが、その資金のもとはなんだろうと、庖の経理状況に手を入 れ始めた。

 柱にしたのは嬬米の仕入れ数量である。殺父さんが存命中の税歴簿によると、縮米一升で百十 個の大福ができることになっている。ところが、親父さんが死んだあとの嬬米の効率は、年とと もに落ちている。家族が嬬米を主食としている様子もない。

 「これだッ」と思った調査官は、庖の哀の工場で、大福製造の現場を見せてもらい、やはり一升 の橘米で百十個ぐらいは十分につくれるという確証をつかみ、脱税のあんこをしぼり出した。