売上げ除外の秘密掛帳のあった割烹料理屋

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売上げ除外の秘密掛帳のあった割烹料理屋
 割烹料理広は掛売りが多い。その掛師慣が何種類かに分かれていることがある。税務署に踏み込ま じようとう れたとき、見せるものと隠しておくものとに分けるのは、脱税の常套手段である。調査官のねらい は、秘密掛帳の探索発見にあるともいえる。

 佐山邦江(三十五歳)は、親から相続したちょっとした割烹料理屈を経営していた。客筋は近く の中小の会社が主であったが、なかには両国橋の向こうの日本橋あたりからもくる上客もいた。 日本橋近辺にくらべて値段が安いからである。

 有限会社組織になっていて、邦江が代表者で夫の安夫(四十歳〉が調理いっさいの責任をもって いた。安夫は先代の時代からの板前で邦江の婿養子である。帳場や銀行関係の仕事は、彼女がと り仕切っていた。

 会社の接待用に使われたときは、ほとんどが掛け売りだった。これは会社の請求書の〆切日と 支払い日が全部決まっているので、きちんと帳簿にのせておかないと、あとで因る。

 個人の客でも、なじみになるとっけにしててほしいという客があった。近所の商庖主にもそれ が多かった。この程の掛けは別の帳面に書いていた。税務署に踏み込まれたときわからないように、帳場に置かず、居間に置いていた。もちろん、 かれていた。その年額は六百万円を越していた。

 しかし、思いことはできない。決算の終わったある日、税務署の調査官が帳場に坐り込んで、 伝票や帳簿をひっくり返して調べているとき、電話がかかってきた。それを受けた邦江が、

 「ちょっと、花ちゃん、居間の掛帳を持ってきて:・:」

 とうっかり戸をだしてしまった。というのも、一年近くも勘定をためていた望月という客が、 今夜、たまっている勘定を払うから帳面を見てくれといってきたので、調査官のいるのも忘れ て、うれしさのあまり下働きの花に声をかけたのである。邦江は帳面をめくりながら答えた。

 「十五万三千円になりますけど:::ああ、そうーーすみませんね。お待ちしています。たすかり ます」

 電話を切るが早いか調査官の手が、その帳面にのびた。

 「これはなんですか」調査官の声に邦江はハッとした。厚い大学ノlトにびっしり秘密にしてい る掛けの明細が書いてある。それも三年分はゅうにあったのである。

 「これは…」邦江は自分のふところにかくそうとしたが、そうはいかない。簡単に調査官の手 に押さえられてしまった。

 「この帳面はしばらく預からせていただきます。この秘密掛帳の売上げは正規の売上げから除 よろしいですね」