支払い先を明らかにできない外注工賃でも、正当な原価になることもある

昭和の節税対策  > 税務署が目をつけるポイント  > 支払い先を明らかにできない外注工賃でも、正当な原価になることもある

支払い先を明らかにできない外注工賃でも、正当な原価になることもある
 法人税の計算をするとき、益金の額から損金の額を差し引いて所得金綴を計算する。損金は益金 に対応するものであり、製造業においては材料費や工質、あるいは外注工賃その他の経費がこれに あたる。外注工食として計上したものの、税務署に対してはどうしても相手先を明らかにできない ということもある。

 有限会社最住工業は資本金三百万円の小さな町工場である。経営に従事しているものは三名 で、社長であり有限会社法上の取締役は豊住文雄主十九歳)。彼がただ一人で営業と経理を総括し ていた。長男一広(二十八歳〉と次男の修二〈二十四歳)の二人が、工場の仕事いっさいをやってい た。自動車の部品のうちのごく特殊な小型のものを製作するのが、主な業務であった。しかし、 この部品の製造過程で、特殊な工程を要するところがある。その部分だけはどうしても外注しな ければならなかった。しかも、この特殊な工程ができるのは、近くにたった一軒しかない。この 工場の経営者は並野末吉〈六十二歳〉といって、きわめて頑固な変わりものである。

 並野は昔ながらの職人気質で、古くから大手のA自動車工業株式会社の孫請け会社から特殊技 能を買われて大事にされていた。豊住工業はこのA自動車と競争関係にあるやはり大手のB自動車工業株式会社の仕事をしているのである。

 並野はA自動車工業に義理があるといって、どうしても仕事をすることを引き受けなかった が、並野に外注することを絶対に部外者に知らせないこと、外注工貨については領収書はもちろ んのこと、請求書や納品書も出きないということを条件にしてやっと承諾してもらった。

 だから、豊住工業としては並野という名前を絶対に帳簿上も使わず、取引は出来高払いで納品 と同時に現金で支払い、領収認ももらわなかったのである。並野に対する支払いその他はすべて 記号でわかるようにしていた。年間の外注工賃の支払い高は約二百万円ぐらいであった。

 税務署の調査官は、これを架空の外注工賃とにらんだ。そうみられても当然である。社長は支 払い先のほんとうの名前と住所とを聞かれても絶対に口を割らなかった。とうとう三事業年度分 について、この外注工賃については架空経費だとされ、法人税を追徴された。税額が本税だけで 百七十三万円以上になり、それに五十二万円以上の重加算税までつけられた。

 八時間労働が基準だといっても、下請けの工賃というのは安い。一広も修二も毎日十時間働い て、どうやら皆が食ってゆけるという状態なのに、二百三十万円に近い税金なんかとうてい払え るものではない。なんとか助けてもらいたいが、助けてもらうためには、並野のことをいわなけ ればならない。これはいえない。社長の文雄は悩んだ。

 事情を話し思い切ってもう一度税務署で調べなおしてもらったが、やはり駄目だった。金繰りがつかず、彼はさらに国税不服審判所に持ち込んだ。結果はこの工程はどうしても外注しなけれ ばならないこと、外注工貨の補助簿や金銭出納帳をとおし、すべてが総合判断され、たしかに外 注しているという心証から認められたのである。その後この会社では、少し場所は遠くはなった が、領収書をもらえるところに外注している。