貴金属問屋から金を買ったため、帳簿と合わなかった歯科医

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貴金属問屋から金を買ったため、帳簿と合わなかった歯科医
 歯医者にかかって、何十万円とられた、という話をよく聞く。なかには飽屋から材料の「金」を 買い込んで、もうけをさらに増やしている歯医者もいる。そういう歯医者にかぎって領収書を出し たがらないから、なお、困る。

 「閣の貴金属商捕まる」と小さな見出しで、正規の資格を持たないで、カバン一つぶらさげて、 純金やプラチナといった高価な貴金属を売り歩いていた田中弘二(五十五歳)が警察に捕まった。 警察は近ごろ、暴力団の取締まりでも税の面からしめつけようと、背とちがって税務当局と協力 を保つ間柄にある。

 田中の自白によると、一年間に取り扱った金額は約七千万円ぐらいだが、自分のとり分はその うち一Oパーセントぐらいだった。これには背後関係があり、それは別に追及しているが、田中 の売り先のリスト、金額などの一覧表が、国税局の資料調査課に提示された。 きん

 なんと、歯科医が五名、有名な化学工業会社が一社、あとはかくし預金ならぬHかくし金H を やっている個人が十数名書きつらねてあった。歯科医のうち、もっとも買い入れ数量が多いのは、 世田谷の千草歯科医院だった。

 すぐに所絡の税務署に極秘資料としてまわされた。同時に管内の個人所得税の確定申告書に、 医療費控除を受けているもののうち、千草歯科医院の領収書が添付されているものが全部選別整 理された。

 一方の千草院長(五十二歳〉、そこはぬかりがない。正規のルlトで買い入れた金などの貴金属に 関する帳簿や証拠書類は揃えており、カルテもあり、領収書を発行した控えもちゃんとしてい る。どこをどうさぐられても尻尾は決して出さないようになっている。腕ききの調査官が二名で 乗り込んで行ったが、手ごたえなしである。  

 それから四日置いて二人は不意を突いた。いきなり、技工室を見せてくれといい、それを止め ようとする院長の手を払い、中へ入り込んだ。技工士が作業中だった。 きん

 「いまある金の目方を全部計ってください」

 と、金を全部計らせた。同時に正規の買い入れ帳簿から数量を計算し、使用量も計算したとこ ろ、どうしても二二0グラム在庫が多いことになる。これは年の初めの在庫は正規の帳簿によっ 金、ん ているから、全部が全部閣のものだとは断定できないが、閣の金を使っていたことだけは確かだ った。

 院長は田中とのつき合いは五年ぐらい前からだと自供し、現在、院長の秘密の控えから、収入 の脱洩額を推計中である。院長は田中の奴さえ捕まらなかったら…と唇を噛んだ