取引銀行のマッチに注意を払わなかったオモチャ屋さん

昭和の節税対策  > 納税者と税務署の攻防戦  > 取引銀行のマッチに注意を払わなかったオモチャ屋さん

取引銀行のマッチに注意を払わなかったオモチャ屋さん
税務調査の資料となるものは、当局にとって帳簿書類ばかりではありません。その会社や店にかかわりのあるあらゆる物件が手がかりとなります。広先にちょっと置いてあった銀行のマッチからでも、税務 署にとって思わぬ獲物がひっかかることもあります。

 野元玩具製造販売会社は東京・外神田のビルの谷間で、木造モルタル塗り三階建ての古い建物 のまま、大正の初めから商売をやっています。現社長の野元徳二(四十五歳)は三代目です。

 彼は仕入れが安くて全国的に大量に売れるロボットの玩具に目をつけ、手がけてきました。ところ が、その製品をつくる工場の親父はこっそりやっているので、税務署には知られたくないといいます。

 実際その玩具はよくあたったのです。初めは工場とは現金決済、もちろん領収書はもらわない、会社へ仕入れにくる玩具屋とも現金決済、これまた領収書はださない、つまり閣で仕入れ、 閣で売っていたのです。おもしろいように利益があがりました。

 さて困ったのはこの別勘定の現金です。表に、足してくれるなといわれ、仕入帳にも売上帳にも載せない、だからといって何十万円と いう現金を会社へそのまま置いておくのもまずい。

 そうだ、全然関係のない銀行に別の名前で資金をプールすれば、うまくゆくと思いつきました。そんなある日、近くの安井銀行外神田支店から初めて預金の勧誘に飛び込んできました。

 野元は、その銀行員を奥へ呼び入れて、

 「絶対に表にださないようにしてくれるなら、取引をしよう」

 と語りかけました。その結果、妻梅子(四十歳)の名義で、第一回の預け入れ現金五十万円で普通預 金の取引が始まったのです。それ以来、三日に一回ぐらいの割合で、集金にきてくれました。そのたびに野元が自分で現金を渡す、そして工場からいつ納品をするという電話を受けると、銀行員が仕入 れ代金相当額を現金で払い戻してもってきてくれる習慣ができあがっていました。担当の銀行員は来 るたびにカバンからマッチを二、三個だして置いて帰りました。

 しばらくなかった税務調査が行われたが、昔から適度な税金をきちんと納めているので、たい した問題もなく終わりました。調査官は帰りがけにタパコに火をつけようとして、

 「すみません、このマッチ一ついただいていいですか…」

 安井銀行のマッチを一つもらい、火をつけてからポケットへしまいました。

 二、三日して税務署から電話がかかってきました。野元がでかけて行くと、安井銀行の取引内容をびっ しり書き込んだ書類を見せられました。たった八ヵ月で預け入れの合計九百三十万円、払い戻しの合 計七百五十万円、いったいこれはなんの金か、奥さんは別になにか商売でもやっているのかとい うことになったのです。

「マッチから今度はほんとうに火が吹き出した…。」