洗濯代から割り出す連れ込みホテルの客数と売上高

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洗濯代から割り出す連れ込みホテルの客数と売上高
 洗濯屋は客からの預かりものを大切にする。だから預かり伝票は正確でなければならない。連れ 込みホテルでは、部屋数の二倍からそれ以上の浴衣を、常に清潔にしておかなければならない。税 務署はここにねらいをつけて客数を逆算することもある。

 陸軍砲兵少佐で敗戦を迎えた木元三郎(六十二きは、先代が残してくれた信濃町の百五十坪ば やす かりの家屋敷をなんとか活用して生きてゆこうと決心した。昭和二十五年、思い切って木造の安 ぷしん 普請の旅館を建てた。いわゆるH温泉マークμ である。

 昭和三十年頃までは、まあまあの状態だったが、売春防止法が施行された昭和三十一年から は、待合所までつくらなければならないほど、はやりにはやった。それまでの利益を投入、思い 切って鉄筋二階建てのホテル風に改装した。部屋数はいままでの二倍半、二十五室になった。

 この商売、税金逃れにはまことに好都合で、支払いをして領収蓄をくれという客は一人もいな い。一部屋は一日平均三回転した。泊まりが毎日十二、三組はある。休憩四千円の泊まり七千円 はそう高いほうでもない。一部屋がだいたい一万円強は稼いでくれる。もちろん、日曜祭日も休 みなしだ。月に軽く七百万円以上の水揚げである。年にすれば、九千万円近い。

 この手の商売を税務署では所得割合を六五パーセント以上とみている。したがって、五千八百 万円ぐらいの実質所得があることになるが、この約半分以上は税金にもってゆかれる。そこで考 えたのが客数を落とすことだった。一日全館が三・五回転とすると、浴衣だけでも約二百枚い る。洗濯屋にだして正味二日はかかる。予備をいれると、どうしても五、六百枚は必要だった。

 木元は部屋の回転数を二回と押さえて申告することにした。一日の水揚げ十五万円、一年で五 千四百万円強となり、所得も三千五百万円ぐらいにしか税務署はみないだろう。そうすると税金 も大分助かると考えて、何年もうまくやってきたわけである。

 ある日、税務署から午前十時頃たった一人で調査官がやってきた。空いている部屋をみせてく れといわれたとき、ちょうど全部空いていたので、安心して案内をしたのがまずかった。調査官 はいきなり、敷きぶとんに手をあてた。

 「まだあたたかいじゃないですか。泊まりがあったんでしょう」

 ときた。「昨日は泊まり客がない」といっていた木元のウソが、これで一つパレた。あとがよく ない。調査官は洗濯屋の毎日の品預かり伝票を、克明にメモし出し、毎日使う浴衣の枚数を約百 七十五枚とちゃんと割りだしてしまった。そして、これから逆算して客数を計算したのである。

 翌日から二人の調査官が、三つの取引銀行に毎日通いつめ、ついに木元のかくし預金三億円 と、株式が全部わかってしまった。株式がなぜわかったかというと、配当金の払込みがあると、 きちんと通帳に打ち込まれているから、どこの会社の株式をいくら持っているかがわかるのであ る。さらに調査は五年前までさかのぼるとおどされたが、なんとか三年で勘弁してもらい、本税 に重加算税や延滞金を含めて三億五千万円の税金を追徴され、木元はホテルを他人に売り、もう こりごりだと外国旅行に飛びだした。